初対面の方にあなたのお仕事は何ですか?と聞かれると「調香師」と答えます。
そうすると半分の方は「チョーコーシィ???」と首を傾げ、半分の方は「へぇ~!」と調香師の存在をご存じの方とに分かれます。
ツチノコ程ではなないにしろ、なかなか遭遇しないレアな職業ではないでしょうか。
そしてその後70%の確率で聞かれる質問があります。
「じゃあ、犬みたいにとても鼻が利くんでしょ?」
答えは「NO」です。
調香師に求められる鼻は「普通の健康な鼻」であって「犬の様な特殊な鼻」ではないのです。
私は幼い頃から、匂いだけで家の外から今日の晩御飯を当てる事はできましたが、いたって普通の人間の鼻の持ち主です。
例えば、ある調香師が成分Aをごく微量でも感じ取れたとしたらバランスを取るために成分Aを極端に少なく配合するでしょう。
しかし一般的な消費者にはその配合量では成分Aを感じ取る事ができないのでその量で配合する意味がないのです。その逆パターンとして成分Aをあまり感じ取れないのなら、成分Aを極端に多く配合してしまい一般的な消費者には成分Aが多すぎてバランスが悪くなってしまいます。
多くの場合、一般的な消費者向けに商品設計を行うので一般的な消費者と同じ感覚で香りを感じられなければ意味がありません。
この様に調香師に求められるのは「普通の健康な鼻」です。
調香師と一般の方の鼻とは何が違うのか?
「なーんだ、調香師の鼻って普通なのかよ!」と残念に思われたかもしれません。
では調香師と一般の方の鼻とは何が違うのか?
その決定的な差は「分析能力=嗅ぎ分け」に尽きます。
調香する際、多い時に100品を超える成分を配合します。
自分が意図する香りになるまで、何度も試行錯誤を繰り返します。その時に絶対に必要なのが個々の成分の「嗅ぎ分け」です。
処方中のこの成分の多い、少ないを判断できないのならただ混ぜているだけに過ぎません。
我々は日々の訓練で蓄えた記憶をたどり、感覚を研ぎ澄ませてこの香りにはどんな成分がどのくらいの量で配合されているかを判断します。処方を考えるだけであれば誰でも可能です、しかし重要なのは処方中の成分をしっかりと嗅ぎ分けて評価し、改良を行えるかという事です。
私が調香師の勉強をスタートした頃、オレンジとグレープフルーツの嗅ぎ分けが全く出来なかったので「自分はこの世界には向いてない・・・」と強烈な焦燥感と絶望感を味わいました。
しかし、絶望しながらでも何度か挑戦したところある日突然、オレンジとグレープフルーツとの明確な差を感じ取る事が出来ました。
多くの調香師達と同じくその壁を乗り越えたからこそ、今に至ります。
ひとつの職業病かもしれませんが、何か香りを嗅ぐ時はどんな成分がどの位の割合で配合されているのか。そして単純に好き、嫌い、ではなく香りの質、強さ、バランス、拡散性、コンセプトとの一致・・・という観点で嗅いでいます。空間の匂い、香りのついている製品、飲料、食品、咲いている花・・・香りがあるありとあらゆるもの。
一心不乱に香りを嗅いでいる姿は他人からはまるで「イヌの様」に見えるかもしれませんが、調香師は「イヌの様な特殊な鼻」である必要はないということです。